小説『ママの神様』が
お昼の連続ドラマとなり
テレビでの率直・辛口コメントも
ますます冴え渡る室井さん。
そんな彼女の華麗な成功の
影に隠された
素顔に迫りました
室井佑月
信念を曲げない
木村―『ママの神様』、読まさせていただきました。
室井―ありがとうございます。今までの短編集には何かひとつテーマがあったんですけど、この本は編集者にせっつかれて出したものなので、本当にもうバラバラな作品集になっちゃいました。
木村―そうですか。ぼくは一貫しているように思いましたよ。ダメな奴というか、世の中では負け組と呼ばれるような人たちへの、いたわりの気持ちが全編に溢れていて、非常に温かい作品集だと感じました。
室井―すごく嬉しいです。救いのない話ばっかりで、後味が悪いと言われることが多いんですよ。温かいなんて言われたのは初めてかもしれない。
木村―どの短編も良かったけれど、ぼくが一番気に入ったのは『太陽の見える場所まで』というタクシーの話です。登場人物の三人が三人ともダメな奴なんだけど、変な連帯感が生まれてくるじゃないですか。それがとても楽しくて。
室井―実はその短編、私も大好きなんです。あの長さで、ピシッと格好よくまとまると嬉しくなりますね。
木村―人生にあまり恵まれてない人へのシンパシーは、昔からあったんですか。
室井―ありましたね。私自身、つい最近まで社会の底辺で生きていましたから、他人事ではない親近感があるんです。
木村―作品に出てくる人物は、みんなどこか欠点がありますよね。
室井―ありますねえ。欠点というのは、実はその人の魅力的な部分だと思っています。だから欠点の多い人間と一緒にいると、自分自身も楽になれるんです。
木村―文章が短くて、シャープですよね。中性的な魅力というか、女性ファンが多いのもわかる気がします。
室井―講演に来てくれるのも圧倒的に女性です。そこで「三年ぐらい誰にも触れられていません」とか言うと、なぜか拍手が起きるんです(笑)。
木村―そもそも、どうして小説家になろうと考えたのですか。
室井―銀座でホステスをやっていたとき、ある作家さんがお店に来たんですけど、取り巻きの方たちにやたらチヤホヤされて、ご本人もイイ感じに楽しんでたんです。それが羨ましくて。私もああなりたいって思っちゃった。
木村―でも普通、そんな簡単には書けないでしょ。
室井―いくら努力しても、書けない人には書けませんよね。私の場合、父親がかつて作家志望だったし、祖父は『ホトトギス』などの文芸雑誌に俳句を載せているような人だったから、 血筋 があったのかもしれません。それにホステスは、嘘をつくのに慣れてますから、嘘の日記を書けばそれがそのまま面白い小説になるだろうなんて、簡単に考えていたところがありますね。実際、本当に簡単に小説家になっちゃった。
木村―すぐに小説が書けたんですか。
室井―いえ。最初は私、句読点のつけ方もよくわからなかったので小説教室に行ってみたんです。でも、つまらなそうな人間ばっかりなの。教室はビルの八階にあったんだけど、たとえば「この窓から飛び降りたら小説家になれる」とするじゃないですか、そうなったとき、実際に飛び降りるのは私だけだろうなって感じたんです。こんなところにいたらダメになると思い、一度行っただけでやめちゃいました。あとはずっと独学です。
木村―ホステスの仕事を終えて、家に帰ってから好きな作家の文章を書き写していたと聞きました。そういう地道な努力もしてらっしゃった。
室井―そうですね。ただそれは、小説じゃなくて文章をどう書くかっていう練習なんです。小説を書くためには、そもそも 表現したい世界 がないと書けません。私はずっと社会の底辺で生きてきた女なので、世の中に対する不満や鬱屈がたくさんあった。そのおかげで、 表現したい世界 が蓄積されていたんだと思います。
木村―底辺で生きてきたと言いますが、それほど底辺には思えないですよ。
室井―いやあ、最近はキャバクラとかって憧れの職業に近くなっているけど、水商売に入ることで失うものってあると思うんです。私はそれをすごく強く感じていました。当時から「死にたい」というのが口癖になってて、今ではそんなこと言っても誰も気にしてくれませんけど、あの頃は本気で「死にたい」と思うような日々でしたからね。それに私、適度に可愛かったんです。適度にブスだったら勉強を頑張るとかして、別の方向に行ったと思うんですけど、適度に可愛かったから男の人から狙われたんですよね。私の意見がどうこうではなく、ただの可愛がる対象としてしか見られていない。それってやっぱり底辺だったと思うなあ。