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阿木燿子

覚悟の決めどころ

阿木燿子

ご主人の宇崎竜童さんは、本誌昨年5月号に登場
「妻の背中を見て歩いている」宇崎さんと
「夫婦の仁義を通す」阿木さん
あらためて、お二人の婦唱夫随ぶりを確認

木村― 阿木さんは、本名が木村さんですね。同じ名前で、すごい親しみを感じているんです。どんな人なんだろうなあと思ったら、思った以上にきれいな方で、驚きました。

阿木― ありがとうございます。

木村― きっと、中学や高校のときから人気があったんじゃないですか。

阿木― 中高はずっと女子高でしたから、ほんとに男の子を見るのは通学の電車のなかぐらいでしたね。

  大学に入ったら、逆に男子ばかりで、黒一色の世界。女子トイレも少なくて、男性のトイレをちょっと改装したぐらいでした。校庭を歩いてても、「あっ、女がいる」ってみんなが窓から顔を出すような、そういう環境でした。

木村― 大学は明治でしたね。

阿木― 当時の明治大学って学校自体がバンカラで、黒い学生服に学帽かぶってる学生がまだ多かったですから。

木村― そう、男っぽい学校でしたよね。

阿木― ですから、バランスが悪いっていうんでしょうか、後悔しているのは、共学に行かなかったことですね。男の子と一緒に大人になる過程を歩みたかったって思うんです。女の子が生まれたら、ぜったい女子中・女子高には入れないって決めてたんですけどね。

木村― 明治大学の軽音楽クラブに入られたわけですけど、部には何人ぐらいいらしたんですか。

阿木― 私たちが入った頃はけっこう大きなクラブで、一五〇人はいたと思います。

木村― そんなにいたんですか。

阿木― そのなかで女性は極端に少なくて、短大の人を別にすれば、同期は二人だけだったんです。ともかく、すごく女性の比率が少ない男性社会でした。

  でも、クラブ活動で男の人のいろんな行動パターンとか思考回路とか見ながら、「あっ男の人ってこういうときこういう反応するんだ」っていうのを学んだし、そこから、私は意外と男っぽい性格なんだなっていうことがわかったんです。

  だから、合宿でもね、男子生徒がお風呂をのぞくとかいろんなことがあっても、私は「きゃあ」とか「怖い」とかいう反応をしなかったんです。「年頃の男の子だったら、そのぐらいのことはするだろう」と思って。

木村― でも、とってもきれいな人がいると、どうせ彼がいるだろうと、近づく人が少ないと言われますけれども、そういう位置にいらしたんじゃないですか。

阿木― 男とか女とかいう意識はあんまりしなかったですね。無防備と言えば無防備ですけど、でも警戒心が薄かったからかえってよかったような……。いくら年頃とはいえ、そういう括りで括ってしまう人間関係ってつまらないなあと思っていたんです。女友達と同じように、いろんなことを教えてくれるいい男友達っていいなあと思うし、「この人、私をどう思ってるんだろう」とか「好きなのかもしれない」とか、そういうことはあんまり考えないんですよ。自分が好きかどうかのほうが大切なんです。