芸能事務所

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芸能事務所(げいのうじむしょ)は、芸能人が芸能活動を円滑に進めるための支援を受け持つ会社のこと。音楽プロダクション、芸能プロダクション、俗にタレント事務所ともいう。レコード会社として、演歌を中心に専属の歌手作曲家を擁しているところもある。

目次

[編集] 役割

タレントや歌手とプロデュース契約、マネジメント契約を結ぶことにより、プロフィールカタログの作成、育成指導、スケジュール管理、営業活動、ギャラの交渉・請求、トラブル処理といった業務を行う。

日本においては、法律的には芸能人に特化した有料職業紹介事業所というもので、労働局の許認可事業に該当する。

[編集] タレントとの契約

事務所やタレントの格などにもよるが、タレントや歌手が事務所とマネジメント契約を締結するにあたって、そこで交わされる内容は非常に多岐に渡る。

契約の内容は、基本的にこの様なタレントとしての「業務」に関する事項が中心となるが、他にもタレントとしての全般を管理する様々な項目が存在している。また、若手や子役に対してはタレントとしての育成についても契約に含まれる。

また、芸能タレントはイメージが重要な商売である事から、上述の様な芸能タレントとしての業務に関する各種内容以外でも、

  • 髪形・髪色
  • 健康管理の方法
  • 体重
  • 日常の言動(タレントの性格などによっては、特に使ってはならない言葉を具体的に指定される事もある)
  • プライベートで外出する際の服装
  • 自動車オートバイなどの運転の可否
  • 託児所・ベビーシッターの確保(幼い子供のいる女性タレントなど)

この様なプライベートや私生活にも関わること細かな事柄についてまで、詳細に指定や約束事を契約で交わしている事も見られる。

アメリカにおいては、日本の様な芸能事務所的なものとは若干異なり、エージェントとの契約という形態が多く見られる。その契約条項については、プライベートの事細かなことまで契約で指定されている事は、ある程度の格として扱われるタレントならばむしろ当然の事であり、

一部にはこの様な事柄について指定する契約もあるという。

[編集] 日本における成立と流れ

初期、中期に創設された芸能事務所の社長の多くはジャズロカビリーなどのバンド出身者であり、それより後の世代でもグループサウンズ出身者が多く、音楽畑の人の比率が高かった。その上、徒弟制度的な「師が弟子を育てて一本立ちさせる」に似た、厳しいが家族的な形態が主流であった。

しかし、芸能人の全体数が増加して行く中で、徐々にテレビ局や各種メディア業との連携、あるいは独自での企画・運営によるイベント主催、新人発掘、劇団経営など様々な関連事業が追加され、さらにバブル期には異業種への展開など多角経営化が進んでゆく。

そもそも、戦前戦後初期に芸能興行の多くは暴力団関係者と繋がりが深い興行師が取りしきっていた。山口組組長・田岡一雄が経営していた神戸芸能社は有名。1950年代、ジャズミュージシャンだった渡辺晋が芸能産業の近代化と、虚業・河原乞食などと揶揄されていた芸能人の待遇改善と地位向上を目的として、夫人の美佐松下治夫とともに渡辺プロダクションを創設し、これが現代型の芸能事務所の起源であるとされる。

多方面からの人材流入を受けた近年は、いわゆる文化人アスリートのメディア出演や公演活動時のマネジメントといった業務、他にはアナウンサーリポーター、司会専門を育てるというように多様化・マルチ化が進む。ただし、この業界は事務所の規模も大小様々である上、独立・移籍など人々の流動が激しい事から、詳細な実態は把みづらい面もある。

[編集] 関連項目