渡辺プロダクション

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

株式会社渡辺プロダクション
Watanabe Productions Co.Ltd
種類 株式会社
略称 ナベプロ・渡辺プロ
本社所在地 〒150-0091
東京都渋谷区神宮前6-27-8 京セラ原宿ビル5階
電話番号 03-5468-2300(代表)
業種 番組制作会社・芸能事務所
代表者 代表取締役会長 渡邊美佐
代表取締役社長 井澤健
代表取締役副社長 渡辺ミキ
専務取締役 諸岡義明
外部リンク www.watanabe-group.com
  

株式会社渡辺プロダクション(わたなべプロダクション、英文社名Watanabe Productions Co., Ltd.)は、芸能事務所など12社1財団(自社含む)を統括する持株会社である。ナベプロとして知られる。創業者は渡辺晋。代表取締役会長は渡邊美佐、代表取締役社長はイザワオフィス社長の井澤健、副社長は渡辺ミキ専務諸岡義明(他数名)が務める。本社は東京都渋谷区神宮前6丁目27番8号 京セラ原宿ビル5階。

目次

[編集] 概要

1960年代から1970年代初期にかけて「渡辺プロなくしては歌番組やバラエティ番組は作れない」と言われるほどの一人勝ち状態であった。ハナ肇とクレージーキャッツザ・ピーナッツザ・ドリフターズ(これら3グループを総称し「渡辺プロ3大タレント」と呼ぶこともあるが、ザ・ドリフターズはナペプロ創成期から在籍していた前者二組の後輩にあたり、さらに1979年に系列事務所「イザワオフィス」に移籍しているため、クレイジーキャッツとザ・ピーナッツで2大タレントではないかという声やザ・タイガースキャンディーズも入れるべきだという評論家の声も根強い)、園まり、ザ・タイガース、布施明森進一小柳ルミ子アグネス・チャン天地真理、キャンディーズ等の大スターを多数抱え、番組も多数制作。

元々は1950年代当時、虚業や河原乞食などと揶揄されていた芸能人の待遇改善と地位向上を目的として、ジャズミュージシャンであった渡辺晋が、妻の渡辺美佐松下治夫(のちの制作本部長)河合聡一郎等と共にタレントに仕事先を見つけ、出演料の一部を受け取ることだけであった芸能プロの仕事を変革した事が始まり。レコードやテレビ番組や映画を自社で制作して、レコードの原盤制作収入や番組制作費、興行収入が入ってくるようにし、現代における芸能ビジネスのスタイルを作った。

また楽曲を管理し使用料を徴収するため渡辺音楽出版を設立し、渡辺プロに所属した歌手ばかりではなく海外のアーティスト(ミッシェル・ポルナレフホワイトスネイククイーン等)の楽曲でも稼いでいる。

渡辺プロダクションはそれまで個人商店、徒弟制度的な意味合いが強かった芸能事務所の組織化を断行し、「一人のマネージャーがデビュー時から引退までタレントと一蓮托生の運命を歩む。」というそれまでのマネージメントあり方を変更し、一人のタレントに対し何人ものマネージャーを付け、数年周期で頻繁に交代させる等のシステムを採用。あらゆる分野に精通し人脈、知識を蓄えた人材の育成を目指した。

また渡辺プロダクションは俳優、歌手、コメディアンと分業し、それぞれの領域を侵さないというそれまでの芸能界のやり方を一変させ、新春かくし芸大会等では四十年以上も前から人気歌手や俳優に寸劇を演じさせる等、マルチタレント時代の先駆けを構築し今日の芸能界の礎を築いた。

売れると寝る間もないほど働かせた。給料は年功序列型の月給制であったため、人気の若手歌手よりもたまにしか出番のないベテランタレントの給料の方が遥かに高かった(1975年頃の高額納税者番付で、当時人気だった沢田研二や森進一よりも落ち目であったクレージーキャッツのメンバー達が上位にランクし、世間の話題に上った)。もちろん初期投資のプロモーション費用の回収や駆け出しの売れないタレントへも月給を回さなければならないという事情もあった。以上の理由で独立をもくろむスターも多かった。三人娘の一人である伊東ゆかりが独立すると各局に「ゆかりを出すなら渡辺プロのタレントは出演させない」と圧力をかけて干したり、独立を阻止するなどの行為に及んだこともあり、これにより森進一や小柳ルミ子ら等の独立したタレント・歌手は一時期民放全局に出演できなくなった経緯がある。森進一と川内康範の騒動では、この騒動を引き起こす原因を作ったのは渡辺プロダクションであるにもかかわらず一切無視を決め込んでいるのはこのときの騒動が尾を引いているという報道もある。

やがて日本テレビの公開オーディション番組として知られる「スター誕生!」が成功するとホリプロ等が台頭(1970年代前半には渡辺プロに次ぐ勢力となった)し、1980年漫才ブーム吉本興業男性アイドルを多く持つジャニーズ事務所も力をつけたことにより、相対的に影響力が低下した。その後は独立希望のタレントに対し、渡辺プロおよびその系列事務所が独立後の事務所に51%出資する(渡辺プロ傘下になる)ことを条件として表向き円満に独立を認めている。

そうして傘下企業が増えたこともあり、2000年10月24日、機構改革を行い、残っていた現業部門を別会社(ワタナベエンターテインメントなど)に分社し、持株会社に移行した。そのため、現在は子会社のワタナベエンターテインメントが「ナベプロ」と呼ばれることも多くなっている。

かつてほどの勢いはないものの、多くのグループ会社を通じていまだに芸能界へ大きな影響力をおよぼしている。

なお、過去に渡辺プロダクションに所属していたタレントについては渡辺プロダクション・ワタナベエンターテインメントの所属者一覧を参照のこと。

渡辺プロダクショングループは2007年現在でも株式を公開していないが過去には株式公開の話を幾度となく持ちかけられていた。しかしながら渡辺晋の「芸能市場は長期的なスパンが必要であり株価を気にし株主に常に配当をしなければならないという状況下では成立しにくい。」との判断のもとで株式の公開を行わなかった。 松下治夫『芸能王国渡辺プロの真実。』にはこれまで明るみに 出なかった渡辺プロダクションの内部事情やタレントの素顔等が赤裸々に描かれている。

[編集] グループ関連会社

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク