第1次小泉内閣第2次改造内閣

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小泉再改造内閣 から転送)
第1次小泉内閣第2次改造内閣
内閣総理大臣 第87代 小泉純一郎
成立年月日 2003年(平成15年)9月22日
終了年月日 同年11月19日
与党等 自由民主党公明党保守新党
施行した選挙 第43回衆議院議員総選挙
衆議院解散 2003年(平成15年)10月10日
マニフェスト解散、構造改革解散
内閣閣僚名簿(首相官邸)
  

第1次小泉内閣第2次改造内閣(だい1じ こいずみ ないかく だい2じ かいぞう ないかく)は、小泉純一郎が第87代内閣総理大臣に任命された、2003年(平成15年)9月22日から同年11月19日まで続いた日本の内閣。前の第1次小泉内閣第1次改造内閣改造内閣である。

第1次小泉内閣の2度目の内閣改造により発足した改造内閣であることから、小泉再改造内閣とも呼ばれる[1]

目次

[編集] 組閣当時の世論

  • 北朝鮮の拉致事件での強硬発言で国民の人気が高かった安倍晋三を党幹事長に任命するなど、衆院解散総選挙を意識した「若手」「人気」重視の内閣となっている。
  • 自民党内で若手で人気のある議員を集めたため、ほぼ必然的に「世襲」「タカ派」の議員が中心となり、「2世内閣」、「小泉ホークス」などと揶揄された。
  • 「官僚の言いなり」「改革を妨害している」などと多くの非難を浴びていた扇千景に代えて、行政改革担当大臣であった石原伸晃国土交通大臣に任命するなど「改革重視」を強調した内閣ともなっている。
  • 内閣改造前に争点になっていた竹中平蔵川口順子の両民間人閣僚は留任となり、そのことに対して批判する人も少なくなかった。

[編集] その後の世論

  • 「人気」重視で組閣された内閣で、安倍幹事長はマスメディアなどで「行列ができる幹事長」などと呼ばれ、国民の人気も高いと報道されていた。しかし、民主党の勢いを殺すにはいたらず総選挙では民主党の躍進を許した。
  • 第158特別国会において小泉は第88代の内閣総理大臣に指名・任命され、ほとんど同じ顔ぶれ(全閣僚再任)で第2次小泉内閣が発足した。
  • 結果的に後に首相に就任する安部晋三が自民党幹事長、福田康夫が内閣官房長官、そして安部・福田両政権で幹事長を務めた麻生太郎が総務大臣、ポスト小泉を安部・福田・麻生と争った谷垣禎一が財務大臣、現在ポスト福田を麻生と争っている石原伸晃(国土交通大臣)、小池百合子(環境大臣)、石破茂(防衛庁長官)と小泉総裁後の総裁選挙の候補者が一堂に入閣、党幹事長を務めることとなった。

[編集] 大臣

内閣府特命担当大臣についてはその担当を()内に記載、内閣府以外の他省庁(内閣官房含む)で行われる特命事項を担当する大臣の職務は【】内に記載。

※金子国務大臣の担当事務のうち【地域再生】は2003年10月24日以降。

[編集] 副大臣

内閣改造3日後の2003年9月25日発足。

[編集] 政務官

内閣改造3日後の2003年9月25日発足。

[編集] 脚注

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  1. ^ 「小泉再改造内閣」の呼称は主要新聞では読売新聞産経新聞毎日新聞中日新聞などが用い、「小泉第二次改造内閣」の呼称は朝日新聞日経新聞がそれぞれ用いた。また放送局では、NHK が「第二次改造」を用いた。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク