フジテレビジョン

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株式会社フジテレビジョン
Fuji Television Network, Inc.
FCGビル(2004年11月撮影)
種類 株式会社
略称 フジテレビ
本社所在地 日本
〒137-8088
東京都港区台場二丁目4番8号
電話番号 03-5500-8888(大代表)
設立 2008年10月1日
(新設分割のため)
業種 情報・通信業
事業内容 放送法に基づくテレビジョン放送
代表者 代表取締役会長 日枝久
代表取締役社長 豊田皓
資本金 88億円
(2008年10月1日現在)
売上高 単体: 3,778億75百万円
連結: 5,826億60百万円
(2007年3月期)
従業員数 1,426人(2008年10月1日現在)
決算期 毎年3月31日
主要株主 株式会社フジ・メディア・ホールディングス 100%
外部リンク www.fujitv.co.jp
特記事項:FCGビル設計・丹下健三・都市・建築研究所
  

株式会社フジテレビジョン (英語: Fuji Television Network, Inc.) は、関東広域圏放送対象地域とする放送局

略称はコールサイン (JOCX-TV) からCX。通称はフジテレビフジ

2008年9月までは、76社、5法人、3美術館、10,000名強の従業員からなる日本最大のメディア・コングロマリットであるフジサンケイグループの中核企業であり、資本関係上もグループの統括会社となっていたが、2008年10月1日に株式会社フジテレビジョン(旧会社)は、株式会社フジ・メディア・ホールディングスに商号変更、テレビジョン放送関連事業を同日設立した「株式会社フジテレビジョン(新会社)」に事業譲渡および放送免許を承継し、純粋持株会社また、認定放送持株会社となった。本項目では2008年9月30日までの旧会社、および2008年10月1日以降の現行会社について述べる。

目次

会社概要

フジテレビジョンのデータ
英名 Fuji Television Network, Inc.
放送対象地域 関東広域圏
東京都茨城県栃木県
群馬県埼玉県
千葉県神奈川県
ニュース系列 FNN
番組供給系列 FNS
略称 CX
愛称 フジ、フジテレビ
呼出符号 JOCX-(D)TV
呼出名称 フジ(デジタル)テレビジョン
開局日 1959年3月1日
本社 137-8088 東京都
港区台場二丁目4-8
演奏所 #スタジオを参照
アナログ親局 東京 8ch
ガイドチャンネル 8ch
リモコンキーID 8
デジタル親局 東京 21ch
主なアナログ中継局 下記参照
主なデジタル中継局 下記参照
公式サイト 公式サイト
特記事項:
また、大東諸島も、放送区域に含まれる
2008年10月1日、フジ・メディア・ホールディングスからテレビジョン放送免許を承継。
  

各地域の系列局28社で、番組の供給・ネットを目的とするフジネットワークFNS:Fuji Network System、FUJI NETWORK SPORT)と、ニュース素材の供給・ネットを目的とするフジニュースネットワーク(FNN:Fuji News Network)を組織している。

地上放送の他にスカパー!(東経124・128度CS放送)、および委託放送事業者であるサテライト・サービスを通じてスカパー!e2(東経110度CS放送)で、フジテレビ721・フジテレビ739・フジテレビCSHDの3つのチャンネルを放送していて、一部のケーブルテレビ事業者へもこれらのチャンネルの供給を行っている。

メインバンクは、みずほコーポレート銀行(旧富士銀行)であり、FNSチャリティーキャンペーンにおけるフジテレビの振込先もみずほ銀行東京中央支店(旧富士銀行本店)である。また、以前フジテレビで芙蓉グループ提供の番組「感動エクスプレス」「満足!迷い旅」を放送していた。さらに、フジサンケイグループと芙蓉グループの合弁の広告会社富士アドシステムとフジサンケイグループ傘下の広告会社3社と合併した広告会社クオラスがある。

送信所

放送区域は、本来は沖縄県の放送対象地域である大東諸島が含まれる。これは、系列局の沖縄テレビが、大東諸島に中継局を設けていないため。TBS琉球放送並びに、テレビ朝日琉球朝日放送の際も同様)。

  • アナログ放送
    • コールサイン:JOCX-TV
    • チャンネル:8ch(東京)
    • 映像出力:50kW
    • 音声出力:12.5kW
  • デジタル放送
    • コールサイン:JOCX-(D)TV
    • チャンネル:21ch(東京)
    • 出力:10kW
    • リモコンキーID:8

アナログ放送の主な中継局

  • 東京都
    • ※八王子 - 31ch
    • ※多摩 - 55ch
    • 新島 - 58ch
    • 父島 - 57ch
    • 母島 - 58ch
    • ※大井町 - 74ch
  • 茨城県
    • 水戸 - 38ch
    • 日立 - 58ch
    • 常陸鹿嶋 - 41ch
  • 栃木県
    • 宇都宮 - 57ch
  • 群馬県
    • 前橋 - 58ch
    • 桐生 - 35ch
    • 利根 - 57ch
  • 埼玉県
    • 秩父 - 29ch
    • 児玉 - 57ch
  • 千葉県
    • 銚子 - 57ch
    • 成田 - 57ch
    • 館山 - 58ch
  • 神奈川県
    • ※横浜みなと - 58ch
    • 横須賀久里浜 - 37ch
    • 平塚 - 39ch
    • 小田原 - 58ch
    • ※山下町 - 75ch
  • 沖縄県
    • 北大東 - 46ch
    • 南大東 - 58ch

他多数

※はその中継局周辺でも東京8chを視聴する場合が多く、映りが良くない場合に視聴される。他局の同位置にある中継局も同様。

デジタル放送の主な中継局

  • 茨城県
    • 水戸 - 19ch
    • 日立 - 19ch
  • 栃木県
    • 宇都宮 - 35ch
  • 群馬県
    • 前橋 - 42ch
  • 埼玉県
    • 秩父 - 21ch
  • 千葉県
    • 銚子 - 21ch
  • 神奈川県
    • 平塚 - 21ch
    • 小田原 - 21ch

沿革等

沿革

  • 1957年(昭和32年)11月18日 - 文化放送ニッポン放送を主体とし、東宝松竹大映映画会社各社が参加して、株式会社富士テレビジョン設立。(富士テレビに決定される前は中央テレビジョンで仮決定されていた。)
  • 1958年(昭和33年)12月 - 商号を株式会社フジテレビジョンに変更。
  • 1959年(昭和34年)1月9日 - 本免許を受ける。
  • 1959年(昭和34年)3月1日 - 地上アナログテレビジョン放送の本放送を開始(JOCX-TV)。開局は大阪・毎日放送(MBS)と福岡・九州朝日放送(KBC)と同日。関西地区においては、関西テレビ(KTV)と毎日放送とのネットワーク関係を結ぶが、翌年関西テレビに一本化する。
  • 1959年(昭和34年)6月 - 東名阪福の基幹4局でネットワーク協力体制に調印し、フジネットワークシステム(FNS)の基礎を確立。
  • 1960年(昭和35年)1月17日 - 本局の送信出力を映像50KW、音声12.5KWに増力する。
  • 1964年(昭和39年)9月3日 - 東京オリンピック開始に伴い、カラー試験放送を開始(東京地区では3番目)。最初の番組は『僕は見たんだ』で、午前10時半からの30分番組。同放送は4日後の9月7日に本放送を開始する。
  • 1966年(昭和41年)10月 - フジニュースネットワーク(FNN)発足。
  • 1969年(昭和44年)10月 - フジネットワークシステム(FNS)発足。
  • 1971年(昭和46年) - 制作局を廃止させ系列子会社化(「フジポニー」「フジ制作」「ワイドプロ」など)。報道・スポーツ・生番組以外の番組の制作を委託する(1980年の機構改革で「制作局」を再発足、自社制作を復活させるまで系列子会社の再編をしながら続く)。
  • 1973年(昭和48年)『キンカン素人民謡名人戦』を最後に、自主制作番組が全部カラー放送になる。
  • 1978年(昭和53年)10月2日 - 音声多重実用化試験放送開始。東京では日本テレビNHK(日本放送協会)に次いで3局目。第1弾は神宮球場からのヤクルト戦のステレオ放送。
  • 1984年(昭和59年) - フジサンケイグループ議長・鹿内春雄が将来の衛星放送事業(現在のBSフジフジテレビ721、739、ディノスチャンネルなど)参画による業務拡大に伴い、局舎面積拡大の必要性を訴え、当時はまだ更地であったお台場への社屋移転構想を発表する。(#フジテレビお台場移転の経緯を参照。)
  • 1985年(昭和60年)12月8日 - 文字多重放送本放送開始。
  • 1986年(昭和61年) - フジサンケイグループ統一CI導入に伴い、現在の「目玉マーク」のロゴ・マークに変更。
  • 1988年(昭和63年) - 開局30周年を記念してオリエント急行を日本で走らせる。
  • 1989年(平成元年)8月 - 第一世代クリアビジョン放送開始。
  • 1989年(平成元年)頃 - 民放では初めて、ソニー製の1インチ非圧縮デジタルハイビジョンVTR DVH-1000が導入される。
  • 1990年(平成2年)11月 - ハイビジョン試験放送開始。
  • 1993年(平成5年) - 新本社・演奏所となるFCGビルが着工。
  • 1994年(平成6年)11月 - ハイビジョン実用化試験局免許取得。
  • 1995年(平成7年)4月 - 株式会社フジサンケイグループ本社を合併。
  • 1995年(平成7年)9月 - ワイドクリアビジョン(EDTV-II)本放送開始。
  • 1996年(平成8年) 8月- 東京都港区台場のFCGビルが完成。河田町からの移転作業が部署別に順次開始される。
  • 1997年(平成9年)3月10日 - 台場のFCGビルへの本社・演奏所機能の移転が完了。本社事業所所在地変更(東京都港区台場二丁目4番8号)。旧河田町本社ビルの解体作業開始。
  • 1997年(平成9年)8月 - 東京証券取引所市場第1部に株式を上場。
  • 1998年(平成10年)4月 - 放送法に基づきCSデジタル放送」2チャンネルの委託放送事業者の認定を受ける。
  • 1998年(平成10年)4月 - CSチャンネル「フジテレビ721」放送を開始。
  • 1999年(平成11年)4月 - CSチャンネル「フジテレビ739」放送を開始。
  • 2000年(平成12年)12月1日 - 午前11時、系列のBSデジタル放送『BSフジ』(デジタルBS8Ch)開始。
  • 2003年(平成15年)12月1日 - 午前11時、地上デジタルテレビジョン放送の本放送を開始(JOCX-DTV)。
  • 2005年(平成17年)1月17日 - 系列ラジオ局のニッポン放送株式の公開買付(TOB)を発表した。その結果、ニッポン放送発行済み株式の36.47%を取得した。
  • 2005年(平成17年)5月23日 - ライブドア・パートナーズを買収し同社の商号を『LFホールディングス』に変更(7月12日に合併)。
  • 2005年(平成17年)6月13日 - 産業再生法に基づく事業再構築計画の認定を受ける。2008年(平成20年)5月まで。
  • 2005年(平成17年)7月15日 - 地上波キー局として初めてのブロードバンド動画配信サービス、「フジテレビ On Demand」のサービスを開始。
  • 2005年(平成17年)9月1日 - ニッポン放送と株式交換し、同社を完全子会社化。
  • 2006年(平成18年)1月22日 - ライブドア証券取引法違反で1月18日に家宅捜索される。
  • 2006年(平成18年)3月15日 - ポッドキャスティングフジポッド」の配信開始。
  • 2006年(平成18年)3月16日 - 日枝会長が記者会見を行いUSEN宇野康秀社長にフジテレビが所有するライブドア持ち株を95億円で全株譲渡しUSENとの業務提携を発表。同時にライブドアとの提携解消とライブドア・ショックにより受けたフジテレビの損害総額345億円の賠償請求を行うことを決定した。
  • 2006年(平成18年)4月1日
    • 地上デジタルテレビジョンワンセグの本放送を開始。
    • ニッポン放送からアナウンサーを含む47人がフジテレビに転籍。
  • 2006年(平成18年)4月3日 - 事業持株会社化し、フジサンケイグループの統括会社になる。これとともに株式会社ニッポン放送ホールディングス(旧ニッポン放送、これまでのラジオ放送事業・中波放送局免許は『株式会社ニッポン放送』を新設し、同社に承継)を吸収合併し、ニッポン放送保有のフジテレビ株式は吸収後消却され、ポニーキャニオンディノス等ニッポン放送傘下の企業がフジテレビ傘下に移動。
  • 2007年(平成19年)3月26日 - ライブドアに対する345億円の損害賠償請求訴訟を東京地裁に提起したと発表した。
  • 2007年(平成19年)3月29日 - ポニーキャニオンと扶桑社の発行済み全株式を取得し、完全子会社化。同時にBSフジへの出資比率を上げる。
  • 2007年(平成19年)9月1日 - ハイビジョンでの報道取材を開始する(スポーツ報道の一部は以前からハイビジョン化されている)。
  • 2007年(平成19年)9月14日 - 東京都江東区青海臨海副都心に建設した「フジテレビ湾岸スタジオ」の運用を開始。
  • 2008年(平成20年)4月1日 - CSチャンネル「フジテレビCSHD」放送を開始。在京民放キー局主体で初のCS放送によるハイビジョン放送である。
  • 2008年(平成20年)4月14日 - 地上デジタルテレビジョン放送において、海賊版防止・著作権保護の観点による画面上にウォーターマークの表示を開始。(在京局では4局目)他の実施局よりは比較的薄めに表示されており、ワンセグでは非表示。
  • 2008年(平成20年)9月4日 -総務大臣から、放送法に基づく認定放送持株会社の認定を取得し、また新設会社(2008年10月1日設立予定)へのテレビジョン放送免許の承継が許可された。
  • 2008年(平成20年)10月1日 - 株式会社フジテレビジョンが『株式会社フジ・メディア・ホールディングス』に商号変更、認定放送持株会社に移行、同時に地上波放送関連事業を分社新設分割方式による事業子会社『株式会社フジテレビジョン(新設会社)』に放送免許共々承継。
  • 2008年(平成20年)12月1日 - 地上アナログ・デジタル統合マスターの運用を開始。これに伴い、時刻表示・「提供」テロップのフォントを変更。それ以前はアナログ・デジタルとでそれぞれ違うマスターを使用していた。[要出典]

番組史

歴代社長

  1. 水野成夫(1957年設立〜1964年)
  2. 鹿内信隆(1964年〜1968年)
  3. 浅野賢澄(1968年〜1982年)
  4. 石田達郎(1982年〜1985年)
  5. 羽佐間重彰(1985年〜1988年)
  6. 日枝久(1988年〜2001年)
  7. 村上光一(2001年〜2007年)
  8. 豊田皓(2007年〜)

社史概要

旧河田町本社(1991年4月撮影)
河田町時代のフジテレビ本社があったところは、現在高級高層マンションになっている(河田町コンフォガーデンURの運営で、フジテレビとは無関係)。本社があった痕跡はないが、別館などは現在もフジテレビが使っている。

1950年代〜1960年代

1970年代〜1980年代

  • 1976年、「プロ野球ニュース」がキャスターに佐々木信也を迎えて放送再開される。アニメ・子供向け番組などでは注目されたが、全般としては、特に現代ドラマにおいて視聴率が低迷し迷走を極めていた1970年代を経て、1981年にそれまでの「母と子のフジテレビ」を改め、「楽しくなければテレビじゃない」というキャッチフレーズを打ち出した。面白い番組・視聴者の笑いを取れる番組を生み出そうという意識改革のスローガンであった。そこから横澤彪がプロデュースした『THE MANZAI』『オレたちひょうきん族』『笑っていいとも!』など数々の人気番組が生まれていった。「軽チャー路線」(かる-ろせん)とも評された。
  • バラエティ番組中心の編成は結果として視聴者の支持を集め、1982年に「年間視聴率三冠王」(ゴールデン・プライム・全日でトップ)を獲得。その後「三冠王」は12年間続いた。
  • 1980年代後半のバブル景気時には、いわゆる「トレンディドラマ」が人気を博し、ゴールデン・プライム帯の視聴率を押し上げた。

1990年代

フジテレビ本社があるFCGビル(1996年、アクアシティ建設前)
フジテレビ本社があるFCGビル(東京テレポート駅側より)