| *御詠歌* 讃岐一宮の御前にあおぎきて 神の心を誰かしらいう |
| 一宮寺納経 | 聖観世音菩薩御影 |
| 住所:香川県高松市一宮町607 TEL087−885−2301 宿坊なし 駐車場あり(無料) |
| 四国霊場八十三番札所・一宮寺(いちのみやじ) 寺伝によると、大宝年間(701〜703)に義淵(ぎえん)僧正が開基し、その頃は「大宝院」と号して法相宗の寺だったようだ。 その後、諸国に一宮が建立されたとき、行基菩薩によって田村神社が讃岐一の宮として建立され、お寺はその筆頭の別当寺として神毫山(しんごうさん)・一宮寺と改められたという。 大同年間(806〜810)には弘法大師が逗留、このとき聖観音菩薩立像を刻み、本尊として安置した。このとき堂塔を補修し、伽藍を整え宗派を真言宗に改めた。 天正年間の兵火で堂塔は焼失するも、その後、僧の宥勢(ゆうせい)大徳によって再興され、延宝7年(1679)には高松藩主松平重公によって、神仏が分離され独立の寺院となったそうな。 |
| <宗派> 真言宗御室派 |
| 本堂 |
| <御真言> おん あろりきゃ そわか |
| 高松市郊外の住宅街にあるこじんまりした閑静な寺だった。山門は小道を挟んで讃岐一ノ宮田村神社の鳥居と向かい合っていた。山門を潜ると参道正面の奥に本堂、その右手に大師堂、左手に稲荷社が建っている。 尚、本堂は元禄14年(1701)に松平家によって再建されたものだそうな。 |
| 一宮御陵 本堂手前に3基に石の宝塔が目に付く。宝治 元年(1247)の銘があるようで、隣の田村神 社の祭神である孝霊(こうれい)天皇、百襲姫命 (ももそひめのみこと)、五十狭芹彦命(いそさせりひ このみこと)の供養塔といわれているようだが定 かでないそうだ。 |
地獄の釜 地獄の釜とは薬師如来の小さな祠を言う。ここ に頭を突っ込むとゴーッと言う地獄の釜の音が 聞こえると言われている。(写真下) |
| 頭を突っ込んで聞き耳を立てる遍路仲間 |
| 大師堂 |
| お堂の中は、お守り授与所になっており、お守りなどが授与販売されている。左手に僅かに見えるのは新築中の護摩堂(写真下) |
| 建立中の護摩堂 |
| 義淵僧正(ぎえんそうじょう)は日本の法相宗の祖であるが、その出生は謎であるとされる。子供に恵まれない夫婦が祈願した末に、家の柴垣の上に白い布に包まれた置かれていた赤子が義淵僧正だったと言う。 観音菩薩の授かりものと大事に育てられいたそうで、その話を聞いた天智天皇が義淵を引き取り、岡の宮で草壁皇子と共に育てたとされる。後に、天智天皇は仏教の指導者になっていた名僧義淵に岡宮を与えたという。 この宮を岡寺(龍蓋寺:りゅうがいじ)として創建する。日本最初の厄除け霊場岡寺は奈良県高市明日香村にあって西国第七番になっている。 尚、様々な伝説を残した名僧、義淵僧正は非凡な才能の持ち主と言われ、その門下に、行基菩薩、良弁(ろうべん)僧正(東大寺の開山)、道慈(どうじ)律師(奈良時代の三論宗の僧)など高名な僧を輩出したそうな。 |
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